大正10年 16銭(才)(欧州大戦後の好況による暴騰)
大正11年 11銭(才)
大正12年 13銭(才)
大正13年 14銭(才)(関東震災による値上)
昭和3年  3銭(才)(金融恐慌による暴落)
昭和6年  4銭(才)
昭和10年  6銭(才)
昭和15年 14銭(才)
 前記相場のうち大正年代は吉野材、昭和年代は土佐材及び県内材を標準とす。

南洋材の移入

 南洋材は、本市に初めて入荷したのは米材の大中角物が移入した大正8年~9年頃からである。入荷量はごく僅かであるが大阪の2次問屋5日会の中川商行、清水商店等から入荷して居り、荷受主には、上芳商店他数店がある。此の当時の南洋材はフィリピン材及び南北ボルネオ材であるが、古来吾が国に輸入された南洋材は紫檀、黒檀、銑力木(タガヤサン)類の銘木、シャム産、チーク材などもあるが一般にラワン材と総称される至ってからの最初の輸入は、大正2~3年頃まで上海チーク、フィリピン、マカオ等の名で産地の南洋から上海を経由して輸入された。此の当時輸入されたラワン材は原木は皆無で主に板子と板類で、その数量は至って少くなく、値段も頗る高く、銘木扱いとされたので一般には関心は持たれなかったが、大正7~8年頃南洋各地で、ゴムその他麻の資源に着目した日本の事業家の現事業の附帯として、山板と称される南洋材の製品がぼつぼつ輸入され、