(十)筏流下の季節
吉野材の流下を季節的に見ると最も多い時期は10月頃から翌年の5月頃迄である。中でも2月から3月にかけては最も多く、6月頃から夏季にかけては殆んど途絶に近い状態であった。これは筏採は主に春と秋に行われる関係と伐採して木材は3ヶ月から4ヶ月近く山中で棚組をして乾燥した為である。尚夏季に流下が殆んど見られなかったのは、紀の川の水は夏季には灌漑用水に使用されるため河川の所々に水堰が設けられ筏の乗下しは出来なかったからである。
従って秋から春にかけて吉野材の筏や取引で活況を呈した流石の紀の川口も夏場は全く閑散とした有様であった。此の夏場は仲買商人は止むなく木材業から棕櫚縄の生産へと転じた。この棕櫚縄は秋の台風季に備へて紀の川口にけい留した吉野材の流失を防止するために使用するものであった。
当時貯木場らしき貯木場もなく、紀の川口は唯一つのけい留場所であり、秋の台風季には多くの流失を見た。此の頃、未だ鋼製のワイヤロープもなく、棕櫚縄は台風から吉野材の流失を防ぐ唯一つのものであったからである。
夏場の閑散期には親方も奉公人も終日此の棕櫚縄作りに忙がしく手は豆だらけになったと伝へられている。