貯木場工事と紀の川改修工事をともに施行すべきであるとの見解から、其の由しを大阪土木出張所に懇請したる結果、水中貯木場の外に埋め立をなし、貯木場並に製材業者の移転地に充当する事に決定し、工費は県に於て計上したる範囲内に於て施行し、工事その他の一部は紀の川改修事務所に依託する事に決定した。斯様な事情から着工がおくれ、昭和9年2月13日に初めて工事に着工し、爾来順調に工事が進み同年9月末に竣功の予定であったが、9月21日の彼のムロト台風の襲来により甚大なる被害をうけ工事は、一時中止の様な状態に立ち至った。其後県は災害復旧費4,300円を追加して、復旧工事を急ぎ、同年11月5日漸く完成を見るに至った。此の貯木場は水中面積18,361坪、外に管理上必要なる敷地、陸上貯木場その他埋立地4,219坪であった。貯木能力は筏にして約30,000石、貯木場の完成と共に経営方法について協議致したる結果、時を同じくして施行したる有田川(箕島)の県営貯木場の関係もあり、運営は県営とする事に決定し、県は昭和9年11月24日、和歌山県条例をもって県営貯木場設置を告示し使用するに至った。此の貯木場は完成した頃は、すでに北洋材の入荷は半減するところとなり、当初の目的とはいささか其の赴きを異にするところとなり、殆んど内地材の貯木場として使用され現在に至っている。此の当時、すでに新設された貯木場に次のものがあった。

鼠島貯木場  

 紀の川県営貯木場建設の陳情と前後して、本市業界の有志、中谷長蔵、小野田庄助、