の所有する木材につき、日木社、住宅営団または農林大臣の指定するものより、農林大臣の指示する条件による買入れ申込みありたる時は、その申込みに応じ遅滞なくこれを売渡すべし」と、このような画期的措置を実施したが、地木社にとっては、この措置は官僚的措置であり、日木社の策動であるとして、当初この措置によって2,000万石以上の計画をしていたものが、実際に売渡されて、目的を果たした数量は、僅かその3分の1にも達しなかった。この様な事からその後地木社の生産と配給業務は益々行詰りをきたし、四面そかの情態に落ちいった。且つ政府の臨時金融措置令による資金の封鎖、軍事補償の打ち切りなどにより、その経営は益々困難となるに至り、ここに於て日木、及び地木社の不要論が叫けばれるに至った。これより先き政府は戦時立法を廃止しても、木統法を存続して、あくまでも、官治統制で戦後の木材需給に対処する方針であったが、連合軍司令部の意図としては統制会社を解散して、業界の自主的統制に移行せんとする情勢が濃くなりつつあった。
 然かし一方日本国政府としては、戦後の民心安定のための住宅復興に要する緊急視材の生産や配給は、官治統制機構による以外にないとして、そのためへの応急措置を次ぎ次ぎと講じたが戦争と言う背景を失った日木ならびに地木社の存在は、かえってこれらの活動を阻害する事態に立ち至った。
 地木社解散命令の発令
 此の様な事態から連合軍司令部は業界各方面の実情を検討し、自主的、民主的に木材界の再建をはかることが賢明だとの理由で、昭和21年6月26日ついに日木社と地木社に解散を命じた。